今年から,25番目のクラブとして,合気道同好会が発足し,早速練習に励んでいます。兵庫県下の中学・高等学校のクラブでは唯一なのだそうで,現在中2,中3,高1計14名が入部しています。顧問のミドルトン先生は,合気道歴7年のベテランで,日本に来てから習い始められたとか。以前から合気道クラブを創りたいと思っておられたらしく,今年それが実現して大変喜んでおられます。しかし,残念ながら道場となる教室がありませんので,現在は小ホールの前にマットをひいて練習しています。
写真を撮っているとき,ふとガラス戸を見ると毛筆で「氣」と書いた張り紙がしてありましたので,不思議に思い,先生に尋ねました。
私:「先生,なんで『氣』という旧い漢字を使うんですか?『気』じゃないんですか?」
ミドルトン先生(以下,ミ):「ああ,それはね,私の先生からきいたことある。」
私:「そもそも,『氣』ってどんなものなんですか?自分でも何となくわかっているつもりなんだけど,でもうまく説明できない。」
ミ:「私もね,うまく説明できませんが,『氣』は体から出てくる『エネルギー』ね。だから,大きな力をかけなくても,『氣』で相手を投げることもデキル!」
私:「体から出てくるエネルギー?そんなん,あるのかなぁ?実証的ではないので信じられないんですけど・・・・」
ミ:「デモネ,私の先生は,私よりも身長が低いですし,65歳というお年ですけど,私より大きな『氣』を持ってマス。合気道をやってるとホントにワカル!」
私:「・・・・・・・・」
ミ:「ホントニネ,合気道は心と体を統一して,『氣』でもって相手を投げることがデキル!試しにね,私の手首を強くぎゅっと握ってみてください。」
私:「こうですか?(思いっきり力を入れて握る)」
ミ:「はい,じゃ,いいですか,よくみてくださいよ,ほれ!」
握った手首を返され,するっと抜けられてしまいました。
ミ:「私,全然力入れてないよ,でも,ちゃんとできたでしょ。」
私:「ほんと。ああ,なるほどね。ふーん・・・・・・・。合気道って,護身術になりますね。」
ミ:「えっ,何?ゴシンジュ?」
私:「護身術・・・,えーっ・・・・・何て言うんだっけ,えっ―――――――」
横から,となりに座っている奥野先生が辞書を持ってきて「先生,”self-defense”なんだそうですよ。」
ミ:「あー,self-defense! そうそう,護身術ね」
私:「それで,部員に女の子が多いのか!」
ミ:「それ,きいたことない。次の時にきいてみるね。『なんで入りましたか?』って。」
<後述>
○『氣』について,ミドルトン先生の師範からメールをいただきました。
Q1 「氣」を使うのはなぜですか? 「気」ではダメなのですか?
『氣』の字は旧字で,50年ぐらい前まではこの文字が使われておりました。さらに古くは『气(きがまえ)』の中は『米』ではなく,『火』だったようです。『气』は煙を表し,火を燃やすと煙が昇り,雲となり,雲が雨を降らす。雨が降ると水田ができ,稲が育つ。稲は米というエネルギーを人間にもたらす。それで『氣』という字になってきたようです。『米』は稲穂を表しています。『メ』は日本だけで使われています。『メ』=稲穂をさらに略したのでしょうか。『氣』は天地のエネルギー。それを食する人は氣のエネルギーに満ちるということでしょう。
この字は天地のエネルギーを表現しているのでこの文字をシンボルマークとしてこだわって使っています。
Q2 「氣」というのはどういうものなのでしょうか?「合氣」と「氣合を入れる」というときの「氣」は同じ意味ですか? 「氣」の概念がいまいちわかりません。人に「氣」を説明するとき何といって説明したらいいのでしょう?
『氣』は天地に充満しているエネルギーのこと。『合氣』は天地の氣に合する、つまり天地の法則に心身を合一さす=心身統一の事です。「氣合を入れる」は一般に使われることばでまったく違う意味と思われます。
○美術の奥野先生は,大学当時,授業でこのような話をよく聞かされ,『そんなんばっかしいうて・・・』とおもっていたそうですが,やはりいい絵に出会うと,向こうから訴え出ている『エネルギー』を感じるんだそうです。 『氣』かどうかはわからないが,そういう,すべて理屈で解明できないようなものはあるんじゃないかと。
○歴史の先生に聞きました。
Q日本では昔から『気(け)』という考え方があったそうですね。
 古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。三つの足の部分は空洞になっており,その部分に水をため,足の上にのせた簀のこ(すのこ)の上に米を置く。足の間の火で炊く(というより蒸す)と,上にのせた蓋(ふた)の間から,湯気が立つ。この様子がそのまま漢字になりました。つまり「氣」です(後漢の『設問解字』による)。中国では氣の元は「元気」であり,宇宙の始源にある元の気という意味です。元の一氣は自ら流動して二つの気を生じます。一つは陽気,今一つは陰気であり,二気の循環から万物が生じたと考えたようです。一方,大陸からこのような起源説が入る前の日本には,生命の元,エネルギーとでもいう目には定かに見えないけれども確かにあるものを「け」と呼んでいたようです。そう,あの「ものの」ですね。「気配(けはい)を感じる」などはまさにそれ。その「け」に「気」という漢字が当てはめられ,ついでに,陰陽を占う術も伝わり太占(ふとまに)となりました。日本には「気」のつく言葉が多いでしょ?生気,天気,正気,気性,気象,気分,気品,気色・・・・。いずれも雰囲気が曖昧で定かではないですよね。
さて,合氣道とはこの気を合わせる術。戦う二者の気を合わせ,隙を見て相手の気をのむ。
ところで,私達もこの「氣」を簡単に感じることができます。まず,左手を胸の前に垂直に立て,親指を離して,残りの四本指をくっつける。次に,右手人差し指と中指をつけて立て,残りの三本指は握る。気持ちを掌と指先に集中し,右手の二本の指先を左手掌の中央に近づけ,ゆっくり輪を描く。指の動きが掌に感じませんか?これが「気感」。遠ざけると消えてしまいます。感じたでしょうか?左手の掌と右手の二本の指の間に物体を挟んでも気感は変化しません。それが「気配」なのです。