2018年09月14日

「好奇心を育むために」

20180914-0.jpg
 私が小学生の頃,部屋の本棚には「図鑑」が並んでいました。お気に入りは『自動車・船』。引っ張り出してきては,勉強もそっちのけで飽きずに眺めていました。ページの前半は写真や緻密なイラスト,後半には解説があり,今でも内容を思い出すことができるほどです。…そういえば,図鑑は硬い紙のケースに入っていましたが,私はそれを捨てようとして母に叱られたことがありました。度々見るので,その都度,紙ケースに戻すのが面倒だったからです。今となっては恥ずかしいお話です。
 さて,昨今は出版業界が不振だと聞きます。若者による活字離れ,スマホやタブレット等の普及,新古書店の利用などが原因にあるようですが,そのような中で,幼児・児童向けの図鑑の売り上げは伸びているようです。以前は『動物』『魚』などの種類別の図鑑が主流でしたが,最近は『くらべる図鑑』『さわって学べる算数図鑑』など,企画性が重要であるようです。これらは,新型図鑑と呼ばれています。
 自分が興味ある対象への知識を与えてくれる図鑑は,知的好奇心を大いにくすぐる書籍です。とくに好奇心が旺盛な小学生には,図鑑はいつの時代もベストセラーになるのでしょう。漫画家の手塚治虫氏は,「好奇心というのは道草でもあるわけです。たしかに時間の無駄ですが,必ず自分の糧になる」と言いました。好奇心が自分の趣味になったり,生涯の仕事に結びついたりすることもあります。子どもたちには,好奇心に没頭する時間を大いに持ってほしいものです。そのときに,そばに図鑑があり,開くことができるといいですね。
 ちなみに,最近の図鑑は紙ケースに入っていないようです。
 
(小学校 研究部主任・3年主任 神吉 清視)

2018年09月07日

「什(じゅう)の掟~ならぬことはならぬ~」

20180907-0.jpg
 “ならぬことはならぬ”という「什の掟」の最後のくだりをご存知でしょうか。数年前,ベストセラーになった『国家の品格(藤原 正彦 著書)』においても紹介され,注目されたことばです。


 夏休み中のある研修会で,什の掟と会津藩の取り組みについて話を聴く機会がありました。
 会津藩士の子弟は,町ごとに十人前後のグループを作っていました。
この集まりを什と呼んだそうです。会津藩では,十歳になると藩校である日新館に通います。六歳から九歳の子弟が集まる什は,日新館に入学する前に会津武士の心構えを身に付けさせるための場だったのです。什の時期である六歳から九歳は,小学校低学年の時期と重なります。私なりに少し調べてみると,その取り組みは小学校段階の生活指導に関して,多くの示唆を与えてくれています。
 例えば,ルールやきまりを明確化し共有すること,日々の生活の中で実践し自己評価すること,ルールやきまりに違反した者に対しては事実を確認し理由を問いただした上で罰が与えられること,意図的に異年齢交流が取り入れられていること,子ども同士で自治的に行っていること,などです。

 規範意識を育成するために,全ての児童に対して“ならぬことはならぬ”として基本的なルールやきまりを教えることは,とても大事なことだと思います。そして,個々の児童が抱えている事情や背景に留意して馴染めない児童に対しては,個別に対応したり丁寧にケアしたりすることも必要です。その対応やケアが学校だけでは不十分ならば,家庭と連携したり関係機関の力を活用したりして指導にあたることも必要でしょう。このように,集団の中の個という視点に立った指導と個あっての集団という視点に立った指導のバランスが,生活指導には必要だと考えています。
(小学校 生活指導主任・人権教育主担 打村 孝志)

2018年08月31日

「解凍」

20180831-0.jpg
 新しい広報活動,教務システムの導入,アフタースクールの充実など,小学校でもいくつかの大きな改革が進んでいます。
 改革といえば,かつてクルト・レヴィンという社会心理学者が(解凍-変革-再凍結)という三段階モデルを提唱しました。このモデルで大切なのは,最初に「解凍」というステップがあることです。これは変革に関わるすべてのメンバーがこれまで慣れ親しんできたものと訣別する段階です。改革に取りかかる前にまずはみんなが新しいシステム導入の意義を理解し,改革の苦労を乗り越える意思統一をするのです。ある種の改革ではスピード最優先ということもあるでしょう。しかし,性急すぎたためにメンバーが疑問や不満を持ちながら進む改革はいつまでも定着せず,気づけば以前のやり方に戻っているといったことになりがちです。そのために今の自分と別れる段階が必要になるのです。
 私も常に自身を「解凍」しながら進んでいければと思っています。
(小学校入試対策主任・6年主任 岸本 光史)

2018年08月24日

「やってみなはれ精神」と「思いの深さ」

20180824-0.jpg
私の中学生の頃の話です。毎年新学期になると、気分も新たに「さあー 新しい学年が始まった。これから勉強するぞ!」と、意気揚々と近所の本屋さんに主要な教科の参考書や問題集を買いに行きました。しかしながら、買った参考書や問題集が開かれるのは最初の数ページだけ、ほとんど日の目を見ず、ほぼ新品のままの状態でお蔵入りをしていました。恥ずかしながら私にはこの手の話は今も、枚挙にいとまがありません。つい最近も、「これや!」と思い、「どんなに体がかたい人でも、4週間でベターッと開脚できるようになるすごい方法」という本を買いましたが、ぱらぱらっと目を通しただけで、私の体はカチカチのままです。

そんな私だからこそ非常に共感を覚える言葉があります。「思いの種を撒いて、行動を刈り取り、行動の種を撒いて、習慣を刈り取る。習慣の種を撒いて、人格を刈り取り、人格の種を撒いて、人生を刈り取る。」というものです。
思い立って行動したが長続きしなかったという経験は誰にもあると思いますが、その思いを実現する方法はまさに行動の習慣化でしょう。そしてその習慣化への原動力は、間違いなく思いの深さです。

初代理事長の鳥井信治郎は、明治生まれの人ですが、今でいうベンチャースピリットの権化のような人でした。思い立ったらすぐ行動し、数々の事業を手掛けました。特にウイスキー事業への思いが強く、幾多の困難を乗り越え、日本にウイスキー文化を定着させましたが、その成功の裏には、「やってみなはれ」という旺盛なチャレンジ精神に加え、ウイスキー事業を絶対成功させたいとの強烈な思いがあったからでしょう。

また、雲雀丘学園の2代目理事長の佐治敬三(鳥井信治郎の次男)は名経営者としても有名でしたが、その逸話に、新規事業の決裁を取りに来た社員に、あらゆる角度から何度も質問をしたそうです。その質問に自信なく曖昧な答えをした場合は、決裁をしなかったと聞きます。様々な質問を投げ掛けることで、その社員の事業に対する思いの深さを計っていたのでしょう。

将来を担う子どもたちに、不可能を可能に変える二つのキーワード、「やってみなはれ精神」と「思いの深さ」を贈りたいと思います。そして私にも。

中山台幼稚園園長 長岡 伸幸

2018年08月20日

「お墓参り」

20180817-0.jpg
暑い夏に必ず思い出すのは子どもの頃のお墓参りのことです。
私の父は大正10年、六甲山の山々の狭い谷あいの村の農家の三男として生まれました。その生家のお墓は車では通れない山道をどんどんと登って行った先の小高い森の中にありました。途中のお寺で水を汲ませていただき、溢さないようにゆっくりと歩いていくのですが、真上から陽が照りつける下を汗だくだくになって登っていくのでした。脇の水路の流れがわずかに涼しげでした。「ここはお祖父さんお祖母さんのお墓だ。次はお祖父さんの出た家のお墓、次は…」とあちらこちらと回るお参りする順番も決まっていました。最後はお地蔵様に水をかけ、お線香をあげて手を合わせました。山を下りてからは同じ年頃の従弟・従妹たちと園側に腰かけて、井戸で冷やしたスイカや瓜をガツガツと頂くのが楽しみでした。私が生まれるずっとずっと昔から、先祖代々、毎年毎年必ず欠かすことなくやってきたお墓参りです。勉強やクラブ活動が大事なことは百も承知のうえでしたが、「お墓参りは最優先」というのが我が家の決まりとなっていたのです。そして毎年のこの行事について、父はそれはもう大変満足そうなのでした。
今はもう35歳になる息子が私に必ず聞いてきます。「今年は何日にお墓参りに行くの?」彼は九州に住んでいますので「遠いから気持ちだけで良いよ」と答えるのですが、幼稚園・小学校の孫2人とお嫁さんを連れて必ず帰ってきます。こうやって大事なことは継いでいかれるのだなあとしみじみ思う酷暑の夏です。

(雲雀丘学園幼稚園園長 平尾聡)

2018年08月10日

「学問をなさい」

20180810-0.jpg
 五十年程前の、小学生の頃です。いつもと違う先生が来られて、講話をされました。
「不思議に思うこと、もっと知りたいと思うことを追い続けていくと、それが学問につながります。ごまかして○をもらっても、自分の知りたいという心は満足できません。だから正直になります。思いもよらないことを発見した人がいたということを知ると、尊敬の念がわきます。自分は何も知らないということに気づくと、謙虚になります。だから、学問をなさい。」何年も経って、折に触れて、これは先生のおっしゃったことと同じだと思いあたる場面が何度もありました。上の言葉も、そのたびに記憶が書き換えられて、正確ではないかも知れません。それでも、反芻するうちに育つ「種」のようなものが先生のお話の中にはありました。遠い記憶の中の、西日のあたる教室で小学生を相手に静かに学問を語る先生。1960年代後半のお話です。

(中学校・高等学校 教頭 深川久)

2018年08月03日

教師のその一言

20180803-0.jpg
 教師になって12年目の頃でしょうか、卒業生である教育実習生に「どうして教師になろうと思ったの?」と何気なく尋ねたことがあります。正直なところ在学時にはそんなに勉強が得意でなかったし、少し派手な感じの生徒でした。答えは「中井先生が地理の発表の時にすごく上手。教師にむいているかもと言ってくれたからです。」と明るく答えてくれました。顔から火が出る思いでした。全く覚えていませんでした。確かに性格は明るく、話し方や間のとり方などみんなを引きつけていました。実習中も自信を持って失敗をおそれず取り組んでいました。彼女はその後公立中学校の美術の先生に採用されました。

20180803-6.jpg この一言はいい一言だったかも知れません。一言が大事ではなくて、この時の生徒との関係性、眼差しが重要なのだと思います。教師の一言は大きな力を持っており、しっかりと生徒に向き合って行かなければならないことを改めて気づかせてくれました。私たちは日々生徒に教えているようでも、生徒たちからたくさん教えてもらっています。

(中学校・高等学校 校長 中井啓之)

2018年07月27日

「心田を耕す」

20180727-0.jpg
 大学で学んだ教育学の教授は、「心田を耕すことが教育の大切な営みであり、心田を荒らしてはならない。」と、おっしゃっていました。
 教員になって聞いた直木賞作家の水上勉さんの講演会で、再びこの言葉に出会いました。
 「私の生家は墓地の近くにあり、父親は葬具一式という看板を出し、死人が出るたびに墓地に穴を掘り、棺桶を葬る仕事をしていた。私が5歳になった頃、父親が私の両足をつかんで墓穴につり下げた。周りには椿の根っこが広がっていたが、目が慣れてくると、一つのしゃれこうべが目にとまった。そのとき父は、『いいか勉、明日ここに入んなさる人も、町長さんも県知事さんもみんな見えているようなしゃれこうべを一つ残して土に帰んなさるんや。人間は皆平等だ』と、言った。この言葉が私の心田を耕したのだ。私というこよりの根に作られたこの心田を通して、私の経験のすべてが吸い上げられ、上の方で一つひとつの実になった。それが私の作品なのだ。」
 あまり多くを読んだわけではありませんが、水上さんの作品『雁の寺』、『越前竹人形』等を貫くものの一つは人間の平等だといえるでしょう。5歳の頃に「心田」を耕されたことが、その人の一生の作品の個性に関わったといえるのかもしれません。
 「心田を耕す」の語源を調べてみると、お釈迦様が托鉢をして回っているときに、農耕者から、「私は田を耕し、種をまいて食を得ている。あなたも田を耕し、種をまいて食を得てはどうか。」と問われ、「私が耕しているのは、人々の心の荒れ地です。」と、答えたことに端を発しているようです。学園講堂横に銅像が建っている二宮尊徳も、「心田開発」や「心田を耕す」のことばをつかったそうです。
 田んぼの手入れを怠れば、田んぼはやがて雑草が生い茂る野生地に戻ってしまいます。しかし人間が手入れをすれば耕作地となり、私たちが生きていくための食料を育んでくれるのです。これを人の心に置き換えるならば、周りの人間が手入れを怠れば人間も野生に戻ってしまいます。心田を荒らせば、理性が失われ動物の本能だけになるからです。しかし、心は正しく手入れをされれば、人間らしい力が育まれていくのです。自然の恵みに感謝し、思いやりを持って共に助け合いながら生きるための力がついていくのです。「心田を耕す」ことは、人間を育てることそのものといえるのです。
 雲雀丘学園では、創立の精神「親孝行」で、子どもたちの心田を耕し続けます。

(小学校校長 石田 成光)

2018年07月20日

師匠の教え 「後姿のこと」

20171228-0.jpg
 後姿の美しい剣道をしなさい、と私の師匠はよくおっしゃいました。剣道は相手と正対して行う競技ですので、正面から見た姿については道着の着付け、姿勢、構えなど注意深く点検するものですが、本当の気構えや修行の深度が現れるのは後姿なのです。
20180720-1.jpg力まず、大きく、背骨がスッーと天に伸びるように構え、相手を威圧する、そんな正面から見た立派な姿は実は、それなりにつくろえるものなのです。実際に相手に対峙し、立ち合いが始まるとその真の強さが現れるのが後姿です。
 打突を急ぐあまり、前かがみになったり、打突時に力が入り背骨のラインが左右によれたり、また、攻め込まれ、苦し紛れに上半身をのけぞらせたり、左右に折り曲げたり、いつの間にか初めにスッーと伸びていた背筋が丸くなり、左右のバランスも崩れてしまいます。
こうした乱れは後姿を見ていれば一目瞭然です。
 いつ、どんな時でも相手に正対し背筋を伸ばし、圧力をかけ続け、打突時にも足腰がしっかり前に出て、美しい姿勢で打突する、あるいは攻め込まれた時でも、姿勢は揺らぐことなく、竹刀と正しい姿勢でその攻めを攻め返す、あるいは相手の打突を応じて返すなど、いつも背筋が伸びた美しい後姿で剣道ができるよう努力しないと師匠は説いていたわけです。
 後姿はつくろえません。本当に厳しい修行に裏打ちされた自信や真の強さなくしては何時も崩れない背筋が伸びた美しい後姿にはなりません。
 師匠はこうした言葉を通して、前から見ても後ろから見ても、筋の通った堂々とした人間になれ、そうなるべく努力せよと語ってくれたのではないかと思っています。
 教育の場でも同じことが言えるのではないかと思います。子供たちはまさに我々の後姿を見ています。後姿がいつも美しい、表裏なくいつも輝いている、そんな人物に人は集まってくるのではないでしょうか。そんな人に一歩でも近づけるよう、精進し続けたいと思います。

(小学校副校長 成地 勉)

2018年07月13日

萬緑

20180713-0.jpg

萬緑の中や 吾子(あこ)の歯 生え初むる  中村草田男

 私が高校時代に出会った句です。生後4,5ヶ月ほどの乳児でしょうか、緑あふれる大自然の中でわが子の歯が初めて生えた発見とその喜びがあふれています。そこには大自然と幼子の生命力とその力強さとともに、わが子が自然に祝福されているような感動があります。おそらく、当時の私はそんな風にこの句を捉えていたと思います。しかし、今から思えば、「吾子」が気になります。十七音の短詩型の俳句では、わが子は「子」と言えばすみます。あえて「吾子」としたところにも、この句の眼目があるようにみえます。「生まれてくれるだけで親孝行」という言葉もありますが、この句には、手放しに「吾が子」の誕生やその存在がどうしようもないほど嬉しい、そういう実感があふれています。多分、私も人の親となり、それを実感として受けとめ得たということなのでしょうが、始めてこの句を自分のものにできた、腑に落ちたという感覚になりました。
20180713-1.jpg

「草田男主宰の俳誌」

 話は少し変わるようですが、このような経験を積む中で、実際に、なってみなければわからないこと、やってみなければわからないことは確かにあると思うようになってきました。結果が見えているのであえてしようと思わない、する意味がわからないから挑戦しない、結果に自信がないからしないというように、いろいろな言い訳をして新しいことに挑戦しないことがあります。しかし、する前にその結果や意味がわかるはずはありません。する意味や意義は実際にする中でしか見えてこないというのが私の実感です。まあ、これは私が教える高校現代文の大きな主題でもある「生きる意義や意味は、実際に生きる中でしか見いだせない」ということとも関連しているのですが、本学園の「やってみなはれ」にもつながっているのではないでしょうか。また、「孝道」「親孝行」にしても同様で、なにも難しく考えることはなく、定義は「親に感謝し、敬う心」で十分であり、後は実際にそれをする中でその意味は実感されていくようなものだと思えます。
 冒頭の句に戻りますが、吾が子の歯が初めて生えたぐらいのことを手放しで喜ぶ経験を通して、吾が父もまたそうであったであろうことに思いが至る。そういうことも「孝道」の実践、「親孝行」の手始めだといえるのかもしれません。

 (中学校・高等学校 高校3年学年主任 守本 進)